転 交差する二人

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俺はなんとかその衝動を抑える為に、話を息子の話から、本人についての話にうまく切り替えた。そうしてなんとか衝動を抑え込んだ。 「和哉さんは、自分で料理とかもお作りになられるんですか?独り暮らしって大変ですよね。」 和哉は分かっているなというどことなく上から目線の態度で頷く。そうして付け加えるように答えた。 「でもよく夜飯なんかは近くのコンビニに買いにいくよ。めんどくさい日も多くてな。」 それもそうだろう。この答えを聞きながらゴミ箱を見た。コンビニに買われたおつまみらしき物の袋がそこに入っていることが確認できる。 「そんなんで健康状態とか大丈夫なんですか。」 わざわざ心配する素振りを見せながら、俺はそろそろ引き上げることを考えていた。 「ああ、大丈夫だよ。なにも心配することねぇ。ずっと一人でやってこれたからな。」 ずっと一人でやってこれたという言葉がまた耳に残るものだ。しかしいちいち突っ掛かっていたらキリがないだろう。 「そうですか。実は本日の調査、地域の方々の精神的、身体的な健康状態を確認するものだったんですよ。大丈夫って言葉を聞かせていただければ、もう十分ですかね。」 実際にこういう仕事を田舎の方でしているわけだが、今回は都合のいいところで引き上げる為に、職業柄を使わせてもらった。唐突に立ち上がる俺に和哉も合わせるようにして同じく立ち上がる。見送りはしてもらえるようだ。軽く挨拶をして、和哉の家を出た。一気に解放感が押し寄せてくる。同時になにかやり残したことがあるのではないかと疑問に思った。そしてその霧のかかったおぼろ気な謎に対しての答えを、意外な方向に見つけてしまったのだ。 和哉の行動と、近隣の様子を観察しておこう。目的は単純だった。田中和哉を殺害する。自分の心にかかった雲を晴らすには、それ以外の方法が思い付かなかった。きっと先ほど持った疑問は、なぜこんな落ちぶれたクズの人間を生かしておくのだという根本的なものだったのだろう。
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