承 新たなる標的

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少し酷だが、もう少し田中の身内を掘り下げていく。 「おじいさんやおばあさんはどうしているのです?彼らからしたら娘を亡くした訳じゃないですか。とても悲しい事でしょう。田中さんは、二人の元へは行かなかったのですか?」 田中は首を横に振った。そして空虚を見つめるようにして目を細めた。 「僕、今一人で暮らして居るのですが、田中さんも独り暮らしですか?なんだか既に奥さんとか居そうですけど。」 無駄を省いて核心に迫る。田中にとっては世間話かもしれないが、俺にとってはこれが重要なのだ。標的に多くの関わりを持たれると手を出そうにも出しづらくなる。回答によっては彼を諦めるしかないのだ。本当なら病院で時間を割かず、すぐにでもこの事を聞きたかった。田中の周囲を明らかにして、浮き彫りにすることができたら今日の手柄は十分だ。 「いや、居ませんよ。僕も同じく独り暮らしですので。独り暮らしする前にね、母が亡くなりまして、父が酷い酒飲みになったのですよ。それで僕の方が我慢できず出てきてしまいました。それから父とは音信不通の仲ですよ。僕は僕で今のままでも十分一人でやっていけますし、これでよかったのかもしれませんけどね。」 俺は事情を理解した上で、田中の置かれた現状を都合よくことが運んでると感じる。今までの彼を形成してきた要因が明らかになってきた。それでこそ求めている理想の人間像に近づく。田中は思い出したくない記憶の蓋を開けてしまったかのように、前より弱い声で続けた。 「僕、祖父母はもう居ないんです。母の死を惜しむ前に、病気で亡くなりました。結果的には悲しまずに済んだのですから、一概に悪いこととは言えないのですけど。僕からすれば…」 ここで田中は言葉を途切る。家族を失い一人で生きていること自体が彼の持つ弱点そのものなのだろう。田中は孤独な男だ。その面では俺と変わらない。ただ田中はそれを悲痛と感じているのだった。俺にはその田中の感覚が分からない。しがらみがない以上の自由があるだろうか。 「田中さん。今日は家に寄っていきませんか?僕も独りの身なので、田中さんが居てくれると好都合です。」 ある意味本音とも言える誘い文句に、田中は乗ってきた。
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