承 新たなる標的

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 居間に腰を下ろしお互いに一息ついたところで、間を開けて質問を開始する。 「田中さんは父親に直接酒癖のことについて話をしましたか?」 嫌らしい質問だが、田中の心を揺さぶり浮き彫りにしたい。この方がより深い田中の情報を彼の心情を交えて聞き取れるだろう。 「何度か考えましたよ。でも、言った通り父は酷い酒飲みです。話になんてなりませんでした。何度か殴られそうになったこともあります。」 その言葉を受けて、俺も過去を思い出した。話そうか迷ったが、共感を寄せるという面で効き目はあると思った。加えて今から話すことは事実だ。 「そうですか。一筋縄ではいきませんよね。実はですね、僕も親には恵まれなくて。幼い頃からよく暴行を受けてきましたよ。今改めて考えると悲惨な家庭でした。僕の場合は母はまだ居ましたけど、父のせいで心を病み塞ぎ込むようになったんです。そのせいで母とはろくな話もできず、父のみならず、なにもしていない僕に対しても恐怖を感じるようになってしまったのです。」 言ってはなんだが田中よりもよっぽど悲惨な家庭だろうと考えていた。田中も急に俺の壮絶な過去を明かしたせいで、自分の話も忘れて俺の話に驚きを感じている。田中のことを掘り下げようと思っていたのだが、俺の方が喋っていたことに気づく。しかし田中の方から俺の話を掘り下げてきた。 「それで、今は独り暮らしに?」 結果的にはそれで間違ってはいない。俺以上に悲しむ田中が居た。何故だろうか。なぜ悲しく感じるというのだ。独り暮らしになって解放されることは悲しい事ではないはずだ。家庭に事情があったならなおさら、一人その憎むべき環境からら逃れることができる。田中にもそれは分かることではないだろうか。田中の悲しむ感情を理解できないまま、俺は答える。 「はい。両親が死んでしまって、今はこの生活をしています。」 田中はまた気の毒に思っているようだった。散々酷い仕打ちを受けた結果、二人に死なれ独りにされたことへの悔やみだろうが、またもやそこには違和感がある。ともあれ口には出さないが、俺の両親が死に至るまで、もう少し深い事情がある。人には言えない事情だ。  俺は、両親を殺した。一番初めの殺人だ。
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