転 交差する二人

2/29
前へ
/55ページ
次へ
 幼少期だった。今の俺の人格はこの頃から少しずつ形成されている。物心ついたとき、既に母は父親に殴られる日々を送っていた。父親が色々と難癖をつけ母に暴力を振るうが、当時の俺はどうすることも出来なかったし、それ以上に関わりたくないとまで思ってしまった。しかし不運なことに、父の矛先は徐々にだが俺にも向いてくるようになった。  俺が中学生になったときには既に母の精神ははち切れていて、父親ではなく俺が目の前を通っただけでも自分の身を庇うようにうずくまっていた。一度だけ「俺は母さんになにもしないよ。」と伝えたことがあったが、その声にさえも怯え、塞ぎ込んでしまい聞こうともしなかった。父はそんな母も容赦なく殴るし、母では飽き足らず俺にも暴行を加える。初めは俺も抵抗していた。ただ力でどうにもすることも出来なかったし、前々から人を信頼することに欠けていた自分は他人に頼ろうともしなかった。さらには隣で喚く母の姿を見て、対抗する気も失せた。そして俺は殴られているときだけ感情を薄めていくようになった。不思議なことにそうすると痛みもなにも感じない。  そんな惨めな人生をさらに二年重ね、ついに俺は父に対して殺意が湧くようになった。同様に、母に対してもだ。それでも分からないことはあった。なぜこんな俺を生かしているのか。暴行の相手が人でなくてはならない理由はあるのか。なぜ父は俺に飯を与え、俺を育てている。なぜ母も精神を病みながらも耐えて生きていくのだろう。理解ができなかった。そしてその答えを知ることもないまま、俺は行動に移った。  
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加