転 交差する二人

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「もういいの。もういいから。もういいから。」 母は涙を流し俺に訴えかけた。しかし母は喚くように、ただ「もういいから」と同じ言葉を繰り返すだけであった。俺の腕から母の腕へ血が伝う。ああ、分かった。母が発する言葉を背に俺は母を楽にしてやろうと思った。俺がナイフを持って立ち上がると、母はいつものように防御の体勢に入る。やはり何も変わらない。俺が行動を起こしたところで、長期にかけて深く染み着いた習慣は変わることがない。 俺は母にナイフを刺し、父の隣に死体を並べた。その時、俺の心の底からゾクゾクと自分を掻き立てるものを感じた。俺は父の胸をもう一突きすることで未知なる感覚を処理しようと試みたが、その衝動は収まることがなかった。  気持ちの高ぶっている自分が嫌で、狂ったように死体へ刃を突き刺し続けた。しかし違和感が消えない。自分の中に、殺人を欲している自分が居ることに気づいてしまう。その後人を殺めた瞬間、少しの間だけその衝動は和らぐことを身を持って感じてしまい、俺はどんどんと悪しき沼に堕ちていった。 高潮した心の安らぎを求め、俺は殺人を繰り返す。そんな俺にとって今目の前に居る田中は、最高の肴なのだ。だからこそこの肴を逃がしたくはないのである。
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