転 交差する二人

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「でも酷な話ですね。唯一生きている家族がそんな父親だなんて。僕だったら許せません。」 田中は俺の相づちに対して黙る。田中は過去の出来事を話すだけで、父について深くは言及しないようだ。自分の父親に対する感情を知りたかった。 「今更ながら、お父さんと連絡をとってみたらどうです?」 相手の気持ちを知るために発言したこの言葉は、田中にとっては軽率な言葉だったのだろう。田中は俺の顔を見て、目を合わせた。 「会ってどうするんですか。僕は今のままでいいんです。父は父、僕は僕で生きている。交わることなんて考えられませんよ。」 余程拒絶している反応だ。俺は田中に謝罪したが、田中は「別に謝ることではないです。」と付け加えるだけで、それ以上声を荒げることも話を続けることも無かった。 俺が田中を知るには、本人と田中の父との関係を知ることが必要だと思った。俺は話をそこで打ちきり、他の点から彼を探っていった。話によると思った通り人脈はそこまで広いものではなく、かつて仲の良かった旧友とも離れ離れになっているようだ。 俺はどうやってか田中の父親の素性を明かしたい。信頼を得たのか、田中との会話が誰もが行う自然な思い出話になった頃、俺は調査局で厳重に管理している住民リストが気になっていた。俺の手の届くような代物ではないが、もしかしたらあそこに田中の情報が載せられているかも知れないという可能性を見出だしてしまったのだ。
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