転 交差する二人

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 夕方頃、今日戸締まりを担当することになっていた上司も痺れを切らしたようで、ついには俺に戸締まりを頼み事務所をあとにした。これで職場は静かになる。 俺は念を押して窓から事務所周囲を確認し、部長の机に近寄った。書類の保管室を開けるには部長の所持する鍵を入手する他ない。机の中にその鍵が保管されている事は分かっていたが、さらにその机の引き出しにも鍵がかけられている。部長が持っているであろう引き出しの鍵を、俺が部長から直接受け取る技量はない。個人情報に関する重要書類は監視の元に閲覧が可能なため、正当な理由もなく書類を手に入れることは不可能なのだ。だから俺は部長のロッカーを無理にでも開ける必要があった。 俺は鞄から細いドライバーを取り出す。腕に自信はないが、前々から方法は知っていたので開けれないということはないだろう。ただ所有時間も分からない為に、この奇行を発見される恐れもあるわけだ。職場の人が帰ってこないという確信は持てないが、俺は出来るだけ急いで事を済まそうとを決心して行動に移った。 水平に細いドライバーを日本鍵穴に差し込む。初めは中々動かなかったが、微調整を続けこれだという手応えがあったところでゆっくりと回す。すると見事に引き出しは開けた。思った以上に簡単だった。中には鍵がいくつか並べられている。どれが保管室の鍵か、またどれが住民リストの書類が入ったロッカーよ鍵なのか分からなかったので、一通り試すことにした。 そうしてようやく住民リストを探し当てた。その頃にはもう空は暗くなっていたが、さらに俺はその中から田中の書類を見つけ出すのだ。 ようやく俺は田中吉一の文字を見つけ、ゆっくりそれをつまみ上げた。事務所の明かりをつけてしまっては不自然だと思い、そして文面に目を通す。そこには田中の出生地が書かれていた。田舎とは程遠い、都内である。他にも家族構成や現在の職業、住所、電話番号までもが事細かに載っていた。全てのメモを書き終えたところで、事後に面倒事が起きないよう全てを元の状態に戻し、今度はドライバーを使い部長の机に鍵をかけた。開けるよりか時間がかかったが、キチンと元通りに戻せたようだ。最後に上司に言われたよう事務所の鍵を閉め、職場をあとにした。 ようやく準備が整った。田中はさておき、より深みを知る為、田中の父、田中和哉(たなかかずや)を探しに行こう。
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