転 交差する二人

8/29
前へ
/55ページ
次へ
休日に入った。あれからというもの田中本人とは会っていなかったが、一先ず目的はその父田中和哉に移っていた。電車に揺られ田中の産まれ故郷の都内へ向かう。隠れるようにして田舎に籠っていた俺が都内へ姿を見せるなんていつぶりだろうか。どこか期待を寄せている自分がいた。  目的の地に着くのはそう遅くはない。何度か乗り換えをした後、たどり着いた駅の周囲には高層ビルが立ち並んでいる。田中はこんなところで育っていたのだろうか。駅を抜け、ビルに挟まれた大通りを進んでいく。本当に人が多いところだ。 駅から離れるにつれ、段々と住宅地が見えてきた。メモ帳に綴られた番地と照らし合わせ、俺は目的地まで向かう。周りの景色は先程とは違い街路樹も増えていき、騒がしいものではなく少しゆとりのあるものとなった。ただ自分の住む田舎と比べてしまうと雲泥の差がある。俺は安心した。環境は違うと言え、駅周辺のような騒々しい場所で田中が育ってきた訳ではないからだ。あの殺伐のした場所では穏やかな人間は育たないだろう。 また少し歩き、目的のものをようやく見つけた。大きさは俺の家とあまり変わりない一軒屋だった。すぐに表札を調べると確かにそこには「田中」の文字があった。まだ田中の父はここに住んでいたのか。俺は一度心を落ち着かせた。そしてインターホンに手を伸ばす。標的の親にまで会うのだ。ここまで深く田中を掘り下げる。この調子で進めていけば、まるでひとつの芸術作品のような美しい終わりを迎えさせてやることが出来るだろう。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加