転 交差する二人

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「いやいや家族だなんて!女房に先立たれてずっと一人ですよ。まあ一人の方が酒が進むのなんのでゴミが増えちまいますね!」 まるで子供が居ないような言いぐさだ。それに妻の死をあまり重く受け止めていないようにも思える。 「あの、失礼ですがお子さんはいらっしゃらないのですか?」 一瞬和哉は止まり、急に調子が悪くなったように大人しくなる。一番大きく変化をみせたのは表情だ。明らかに先程までとは違う、思いつめた表情だった。 「居たよ。全然俺になつかない息子が一人。どうしたっけなあいつ。今どっかで暮らしてるんじゃねーか?勝手に出ていったきり覚えてねーや。」 何を言っているのだろうか。自分が息子にした仕打ちを忘れているようなとぼけ方だ。 「なんで息子さんが出ていってしまったか、心当たりはありません?」 和哉は俺の顔を見つめた。俺が何者なのか、またどこまで知っているのか、探りを入れている様子だ。そして視線を外し答える。 「俺が酒飲みのダメ親父だからか。愛想つかして出ていったんだろ。」 その通りだ。ただ愛想つかしたという軽々しいものではない。母の死で落ちぶれた和哉は、同じく苦しい状況にあった息子の田中を顧みず、自分勝手に悲しみに浸っていった対し、愛想をつかしたというよりは自分から苦しみを招き入れるような父親を見ていたく無かったのだろう。 「息子さんに対して、罪悪感はありますか。」 和哉はしかめっ面を浮かべる。決して目を合わせようとはしてこなかった。そしてポツリと話始める。 「仕方ないじゃないか。愛した女房に死なれ、悲しく思うことは、当たり前じゃないか。何が悪いんだ。強いていうなら早くに死んだ女房が悪いんじゃないか。それとも早死にする女房を選んだ俺が悪いとでも言いたいのか?あの状況はなるようにしてなったんだ。俺にあるのは罪悪感じゃない、疎外感だけだ。酒を飲んでいるときはその疎外感も忘れられる。子供は女房が欲しがったから産んだんだ。だから、女房も居なくなっちまった俺にとって、息子なんてどうでもいいんだよ。」 俺はあの狂気的な欲望とは違う、また別の感覚を覚えた。別になにか田中について新しい情報を得たわけでもない。だがなぜか俺に新しい感覚を植え付けさせた。心の中から煮えたぎるなにかは、一度だけ過去に経験したことがあったものと同じなのかもしれない。父親を刺す瞬間、あの時と同じ感覚だ。
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