承 新たなる標的

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「田中さんはなにも悪くないじゃないですか。どうしていつもそうやって謝るのですか?」 田中は回答に詰まった。医者が一瞬だけ止まったこの空気を変えるかのように俺の方へ質問する。 「そう言えばあなたの名前も聞いてませんでしたよ。なんせ田中さんの命の恩人ですもんね。」 俺は田中の過去を聞き出したかった。早く田中の情報を知りたい。時間をかけたにも関わらず、運が悪い場合、相手によってはこちらから手を退くことになるかもしれない。独り身なら都合がいいのだが。とりあえず医者の質問に答えた。 「ああ、僕も名前を言い忘れてましたね。僕の名前は中島凌(なかじましのぐ)です。あまりにも田中さんが謝ってくるのでつい気になってしまったのですよ。一応地域の調査局で働かせて頂いているので住民の事は一通り把握しているつもりでしたが、まさかまだこの村にこんな出来のいい人が居たなんて思いもよりませんでした。命の恩人が態度の悪くてごめんな。」 医者は笑っていた。しかし田中は誉められたことを照れくさそうにしている。そこから場が和んだのか、饒舌だった医者の話は止まらず、俺と田中は聞くだけの防戦を強いられた。ようやく手当ても終わり、田中は打撲というだけで済まされた。あれだけもがいていた田中が本当に打撲だけなのかは半信半疑だったが、若干重心が傾いているものの、先ほどと比べて一人で歩けている様子を見て、確かに大丈夫なのかもしれないと考えることにした。 病院を出ると、一息ついて間もなく田中が話を打ち出す。 「中島さん、今日は本当にありがとうございました。時間をとってしまってすみません。中島さんもこっちの方面に用があったんですよね。僕はもうこの通り大丈夫ですから。また次に会ったらお願いします。」 完全に今日はこの場をもって俺と別れようとしている。まさかとは思うが気遣い云々よりも、意外にも田中は他者と深い関わりを避けているのかもしれない。俺は田中の情報をもっと聞き出したかった。しかしこうなってしまえばそれは叶わない。田中の性格の断片を知った上で、さらに興味が湧いてしまった。  田中は対人関係において、自分、もしくは相手が傷ついてしまうことを恐れているのだろうか。だとしたら、俺にとって今後関係を築いていく甲斐があるというものだ。
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