承 新たなる標的

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田中と別れたあと俺は一旦職場へ戻ることも考えたが、彼の事の方が気がかりだったのですぐにその考えを捨てた。そして田中がバイクを取りに行くと言っていた事を思いだし、俺が先回りして事故現場に向かうことにした。もちろんバイクを取りに来た彼が俺と鉢合わせするようなことがあっては不自然なので、あくまでも目的は彼ではなく、彼のバイクだ。 今から行おうとしていることはかなり卑劣な行為だろうが、既に殺人を犯してきた俺にはそこまで罪深き事ではないものに感じられる。そうやって俺はバイクが横道に逸れた事故現場まで戻ってきていた。  思惑通り田中の姿はまだ見えない。あの脚では急いで歩くことはできないのだろう。一先ずバイクを見つからないところへ隠させてもらう。この行為は単なる嫌がらせではなく、一応一時でも彼をこの狭い村に拘束するためだ。ただでさえろくにバスもないこの村で、自分の持てる交通手段を断たれてしまえば必然的に村の中で行動するしかないだろう。自動車を持っていれば別の話なのだが。  とりあえずはほんの数日間だけでもバイクの行方を追ってもらおう。 バイクを引きずり明らかに人の通らない木々に囲まれた場所にやって来ると、規則性なく散々に生い茂る草むらの中にバイクを放り投げた。その後身を隠しながらも、事故現場が見える場所まで近づいていった。  流石田舎と言といったところだろうか。高く伸びた草木はちょうど自分の姿を周囲から見えないものとしてくれる。 少し待つと田中がやって来た。田中は記憶を辿りバイクの場所を探したが、謎が増すばかりで一向に見つかりそうになかった。それもそのはず、俺がバイクを別の場所へ移したのだから。それでも田中は必死に周囲を探し続ける。絶対にそちらの方向にはないだろうと思える場所にも足を踏み入れバイクを探す。その必死な姿が俺には面白く感じてしまう。本人は近くにバイクがあると信じているが、全てを知る俺からすれば、彼は俺の手の中で遊ばれているのだ。陰から田中の姿を見て、口元を緩ませる。  この調子では日が暮れるまで探していそうだ。しかしここで俺が出ていくのもおかしな話なので俺はようやく職場に戻ることにした。 いずれあのバイクも、俺が手助けをして発見することができれば、田中は俺に感謝するのだろう。ただ当分はそんなことしないつもりだ。 少しずつ布石を置いていければいい。
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