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僕とツララと雪鯨
北北西から吹く海風が僕の体を小さくする。
ぶるっと首を振ると視界にどこまでも続く海岸線が入ってくる。目線を上に向けるとまだ夜なのに厚い雲が空を覆っているのがわかる。そしてそのまま目線を下に下げる。うっすらと明るさを持ち始めている水平線の一番端っこには優雅に群れを成し泳いでいる二十匹の雪鯨達が小さく見える。
雪鯨。
この村の人たちにとっていやこの世界で生きる全ての生き物にとって雪鯨は畏怖を持たれている。奴らが通った後にはただただ氷の世界が広がり、動くものは何もない。それは今も波を打ちながら僕の目の前に迫ってくる海さえも。まるで災害みたいな生き物だよと僕の母は言った。しかしそんな恐ろしい白鯨たちも遠目から見ればただのきれいな海の一部でしかない。
この雪鯨達は一年程前からずっとこの村の近くを泳いでいる。こちらに近づくでも離れるでもなくただそこにいる。まるで僕たちを見張っているかのように。水平線から柔らかなオレンジの光がこぼれ、朝を迎える。僕と雪鯨とのにらめっこはようやく終わった。家に帰って暖かい鮭のスープを飲もう。そう思い僕は海岸線にポツンと建てられている見張り台から町への帰り道を歩く。見張り台から海岸線を東に沿って少し歩くと灰色のコンクリートでできた町の門が見えてきた。
「おはよーー!セツ!」
町の門の下で白い防寒服とウサギの毛皮でできたふかふかの帽子を身に着けた女の子が銀髪と手をぶんぶん振っている。
彼女の名前はツララ。
ツララは透き通るような真っ白な肌を持ち、この曇天の中の弱い光さえもしっかり反射してキラキラと輝く銀髪を持った少女だ。門の下に着くとツララは笑顔で嬉しそうに僕の手を握り上下に振った。
「セツ!今日はあなたの誕生日ね。おめでとう!」
今日は太陽を見なくても十分だ。
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