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「心は余りにも自由過ぎるから囚われる事も多い。それ故に解釈は常に変わります。立場に因り、時代に因り。貴女がコリンズを初めて月へ人類を送った人だと肯定的に認めた様に、貴女を偉大な宇宙飛行士と認める者は、あの青い地球にこれからも生まれて来るでしょう」
不思議と後悔は消えていた。だからこそ否定とも肯定ともつかない言葉が、私の口から滑り出していた。
「後、一歩だったのにと悔しがってくれる人もね」
「その悔しさを想い、一緒に背負って宇宙へと挑戦する者も居るでしょう。人は皆、誰かの支えになり、そして多くの人の支えがあってこそ生きているのですから」
その穏やかな言葉に微笑みが浮かぶ。私は考え過ぎ、不安に囚われ過ぎたのだろう。
「私は、静かの海に辿り着くでしょうか」
「ええ」
宇宙空間を流れて行く私の身体を、残された二人は回収出来ないと判断し、きっと断腸の思いで見捨てる行為を選んだのだろう。
想定外の事態を重ねれば自分達の命も危険に晒し、多くの人の想いすら踏みにじると判断した花崎さん鳥野さんの二人は冷たい人間だろうか。
違う。冷静だったに過ぎない。
そして自分自身の夢の為に生きて潰えた私は幸せだ。
ゆっくりと漂う私の遺骸は、白い宇宙服に包まれたまま灰色の月面へと向かっている。
きっと近い将来に、月の海の底へとその身を横たえるのだろう。
何時かはそこに来る誰かに拾われる私の身体を想いながら、私は自分の意識が空間に融けて行くのを感じていた。
宇宙の海原に解け、一つと成って行くのを。
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