月の海は兎の顔

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その決定と知らせが伝えられた時、誰もが歓喜に満ちた表情を見せて口々に賛辞の言葉を述べた。 日本人初の女性のみで編成された宇宙飛行士に因る、月と地球間に存在するラグランジュ・ポイントへの物資の運搬ミッションと、運搬後の帰還しながらのスペース・デブリの回収実験。 そこには全世界から集った巨大な実験施設が建造され、火星への長期航行に耐える方法の模索も無重力下での比重を気にしない新たな合金の生成も行われている。 「おめでとう」 響き続ける拍手に時折混じる指笛の甲高い音。その中で少しだけ俯き、拳を握り締めた後に誰よりも華やかな顔を向ける訓練生。 搭乗員の最終選考で落とされたのだから、悔しさは誰よりも大きいだろうと思いながら目の端に捉えた仕草に気付かない振りをした私達。 「花崎、鳥野、風間。凄いな、日本人女性だけでのミッションは君等が初めてになるぞ」 改めて言われなくとも、誰もが理解している事に笑顔を向けて嬉しそうに応える。 選ばれなかった男性の中には、そっと部屋を後にした者も居たけれど、悔しさで目の前の現実を直視できない奴は本物の宇宙空間での厳しい仕事等こなせる筈もない。 地上での訓練ならばサポートは十分に有るから命を失う危険性はゼロに近いが、この先本当の宇宙に向かえば助けは恐ろしく少なくなるのだから。 貴方は落とされて当然だと後ろ姿に思った。 感情に支配されては、理性的な判断はできなくなる。トラブルの条件次第では容易に仲間を見捨てなくてはならないかも知れない世界で、感情に任せて動く等、自殺行為どころか仲間の命すら奪い、ここまで私達を支え希望を託してくれた多くの人々の想いを踏みにじってしまうのだから。 酷だろうが、私達には冷たさが必要なのだ。
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