月の海は兎の顔

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「テレパス剤の使用は見送るよ」 「どうしてですか、機材を減らす事が出来るのに」 本格的な訓練に入る前に告げられた言葉に私は反論した。 子を持たない者を気遣っての事ならばやめて欲しいと思ったのだ。 通信機材を減らせる便利さから研究者の間では重宝されるテレパス剤。 薬剤の調整次第で最大二十四時間は効果が持つし、経口剤として水無しでも飲み込める点も有り難い。何より訓練次第でイメージした物や見ている物を、相手に遜色なく伝えられる便利さが良い。 一つだけ問題として、摂取した人を不妊にさせる点があるのだが。 「意思の疎通には確かに便利だけれどね、我々はデータとして形に残る物が欲しいのだよ。だから通信機材は減らし様が無いんだ。それにテレパス剤が無重力下でちゃんとした効果を発揮するかも分かっていないしね」 柔らかに告げられた言葉には反論が出来なくて、私は出過ぎた事を言って申し訳ありませんでしたとだけ謝った。 少し、ナーバスになっているのかも知れない。 私は確実に成功者としての階段を昇りながら、常に後ろめたさを感じているから。 花崎さん、鳥野さんに笑って告げたけれど、私にとって今ある家族は何なのだろうとの思いが常にある。 父のパソコンを見た日から、心の中にわだかまる疑問。 クローンの私は、家族にとっては本物として受け入れられているのか代用品なのか。 父母は教えてくれないし、姉はかつて自分に姉が居たと覚えていない様子だし。 辛い記憶を呼び覚ますだろう問い掛けは、どうしても口にする事は出来なかった。 そうする事で家族との関係が崩れるのも怖かった。
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