月の海は兎の顔

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「しくじったかな」 青い地球と灰色の月を見ながら、私は奇妙に朗らかな声で呟いていた。 こうなるのだと分かっていたら、テレパス剤の使用を意地でも取り付けておくべきだったなと後悔しても意味は無い。 ラグランジュ・ポイントに有る、国際宇宙開発ステーションへの物資の運搬は上手く行えた。 ただし、スペース・デブリを回収するミッションの始めに問題が起こった。 ワイヤーネットの一部がくっ付き、展開が上手く行かなくなってしまったのだ。 宇宙空間には何もない。だからこそ起こり得る問題でも有った。 地上ならば空気が金属の間に入り込むから、同じ金属同士でも置いていて自然にくっ付く事は起こり得ない。 けれど空気のない宇宙空間ではそれが起こり得る。 金属の結合は自由電子のやり取りに因って行われるのだから、邪魔をするものの無い宇宙空間では隣同士に有り接触していた金属が接合してしまう事が有るのだ。 時折、人工衛星や探査機の打ち上げの際にも起こっている問題でも有る。 くっ付いて絡まったワイヤーを切り離すミッションはあらかじめ訓練でも行われていた。想定される事態の一つだとされていたからだ。 私は落ち着いてシミュレーション通りに行動した。 想定内の問題だからとたかをくくっていた訳ではない。単純に運が無いのだろう。 電磁気力でデブリを絡め取るワイヤーネットを手動で切り離し、飛来する多量のデブリへ向けて投下したのだ。それは危険な量だと判断し、指示を待っては間に合わないと勝手に取った行動だった。 スペース・デブリの分布域が想定より広かったのか、極在していたかのどちらなのか。 今となってはそれを深く考える気は無い。残る二人が無事なら良いと心を落ち着かせた。
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