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テレパス剤の使用が認められていたのなら、船内に残った二人に居場所を知らせる術はまだ有ったのかも知れないが、本当に後悔先に立たずだ。
通信機器が死んだ事で二人は私が死んだと判断したのか、切れたワイヤーネットをきちんと地球に向けて投下出来たのだと勘違いし私が船に戻っていると判断したのか、想定以上のデブリに宇宙船の不具合が起こる危惧から危険な宙域から離れ帰還の命令に従ったのか。
ぼんやりと幾つかの事を考えながら、青い地球と灰色の月を穏やかな気持ちで眺めていた。
きっと自分が見ている幻であろう、宇宙空間にスーツ姿で存在する不思議な紳士と共に。
酸素不足で朦朧とした私の脳が、勝手に作り出した体の良い恐怖を紛らわしてくれる存在が彼なのだろう。
「初めての日本人女性だけのチームだったのにな」
最早どうでもよい呟きが漏れる。
自分がクローンだと知ってから、オリジナルである人々に負けないだけの能力は有るのだと対抗心を燃やして、がむしゃらに頑張って手に入れた宇宙飛行士としての資格。
その宇宙飛行士として、何も成せないままに終わる事が悲しかった。
「後、一歩だったのに」
無事に地上に辿り着けば、私は私に自信を持てる気がしていたのだ。
クローンと言う偽物から、オリジナルに成れる気がしていたのだ。
「彼も、多くの人もそう思いました」
隣に並ぶ紳士の声に、再び彼を見た。
彼はゆっくりと月に向かって腕を伸ばし、その表面に見える静かの海を指差す。
滑らかな起伏を持つ衛星面を。
水など無いのに海と名付けられた場所を。
伝説において、自らの身を焼いて旅人の糧とした兎の面差しを。
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