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あの日の夜、僕は思わぬ事態に動揺していた。
バイト先のフレンチ・レストランで、その日の締めは社員の松永さんとバイトの僕、それにもう一人のバイトの早紀の3人の予定だった。
ところが、松永さんが妊娠中の奥さんが体調を崩したというので早退したため、締め作業は急遽、僕と早紀の2人でやることになった。
僕は古株のバイトなので、通常社員がやる締め作業は全部できる。それは別に動揺するようなことではない。
動揺していたのは、思わぬ形で早紀と2人になったことだ。早紀と2人で話すのは何も初めてではない。バイト帰りに食事やお茶に行ったことも何度かある。
動揺したのは、昨日の夜、僕は早紀に告白することを決めたばっかりだったからだ。おあつらえの舞台が急にやってきて、「これはチャンス」と奮い立つよりも、「ほんとに今日言うのか」と震える気持ちのほうが勝ってしまった。
でも、今日言うしかない。
昨日のバイト帰りに、入って3ヶ月くらいの上川が「早紀ちゃん、いいっすね。こくってみようかな」って言うのを聞いて、どうしてもこいつより先に言わなきゃいけないと決めていた。
上川は鎌倉が自宅で、資産家の息子で、社会勉強のようなつもりでバイトしてる男だ。バイト仲間としては何の問題もないが、恋敵としては大いに問題になる。
育ちが良いだけあって性格にいやみがない。しかも金持ちには良い血が集まるのか、背が高くて、まずまずのイケメンときている。
こいつに僕が勝てるスペックはどこにもない。であれば、先手必勝で行くしかない。昨日の夜にそう決めたばかりだった。
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