30時間の闘い

2/4
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 不思議な体験をした。  それは、10月の中旬頃のまだ朝日が昇る前。潮風を肌寒く感じた。  会社の支店の駐車場に長机を広げ、温かい赤出汁のお味噌汁の香りが潮の香りと混ざり合う。  真っ直ぐの公道の遠くを見ると、ユラユラと揺らめくライトの光が見える。それは、数十メートル先の交差点の赤信号で停止した。  信号が青になる。再びユラユラと揺れながら光はこちらに向かってくる。  ようやく支店の明かりが届く距離まで光が来ると、くっきりと人の形が浮かび上がる。足元も覚束ない様子の若い男性5人組だ。全員、満身創痍といった様相だった。 「頑張ってください! お味噌汁と飴を用意してますよ!」  支店には僕も含めて5人くらいがいた。男性5人組に声援を送ると同時に、今の状態の彼らに最も飲みやすいだろうと考え抜いた紙コップに注がれた温めのお味噌汁を手渡しで配る。  色とりどりの飴がこぼれそうなほど入った籠も持ってきて、彼らはその籠から選ぶことなく即決で飴を一粒ずつ掴んだ。  彼らうちの1人がお味噌汁を一気に飲み干して天を仰ぐ。 「日本人で良かったぁー!!!」  時刻はまだ朝の5時を過ぎたところ。感極まって、彼は人目も憚らずに海に向かって叫んだ。  彼らが先へ行くと、今度は若い女性が1人でやってきた。彼女もまた、先の彼らと同じようにフラフラとした足取りで今にも倒れそう。杖を両手に持って、歩く負担を杖で軽減している。  彼女にもお味噌汁を手渡すと、立ったまま泣き出してしまった。嗚咽混じりのお礼を言われ、思わずもらい泣きしてしまいそうになる。  ここまできっと辛かっただろう。心細かっただろう。  ただ歩くという事が、どれだけ辛いのか、僕もよく知っている。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!