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「隆一、久しぶり」
「――久しぶり」
結局、何気ない風を装って手を上げると、彼は窓枠から視線を私に移し、眉毛を少し下げて笑った。見覚えのあるその表情に、私の心臓は縛られたような痛みが走る。気づけば、左手の薬指にはめている指輪を無意識に隠していた。
「聞いた? ……あの話」
控室での騒動を指しているのだろう。小さく頷くと、彼はバツが悪そうに、「俺、ダサいな」と鼻をこすった。
てっきり、「ふざけてる、あの女」と泣き喚きでもするかと思ったのに、彼は悲しげに私から目を逸らすだけだった。一年という月日が私と彼の間に横たわる。「あずみ、どうしよう」と頭を抱えた彼が、私の胸元に額を寄せることはもうないのだ。
「桃香は……来ないよ」
「……うん」
昨日私の家を訪れた桃香は、薬指から指輪を外していなかった。その送り主である既婚男性の名前も、顔も。それが桃香と彼が付き合いだすずっと前に贈られたものであることも。私は古い友人のよしみでずっと昔から知っていた。
「……それでも」
懐かしいコロンの匂いが私の胸を刺す。抱きしめたい。心臓から押し出された衝動は全身にまわり、泥を撒き散らしていく。
「桃香の一番になれなくても。……それでも。俺は、桃香と結婚できることが嬉しかったんだ」
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