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「お前さんには懸賞金が懸かってるんだ、わりィが死んでもらうぜ、ウタカタさんよ!」
獣人はそう言って姿勢を低くし、サーベルを構えた。ウタカタは何も答えずその獣人の血走った目を見つめた。燃え尽きてしまえ。心の内でそう呟く。
そしてその瞬間、今にも飛びかかって来そうだった獣人は悲鳴を上げ、得物を落とした。地面に落とされたサーベルがカランカランと音を立てる。
「グアアア!何しやがった!!イヤだ!消せ!!消してくれええええ!!!」
獣人は悲鳴をあげながら地面を転げ回る。体についた火を消すように両の手で必死に体中を叩く。しかしその体には目立った外傷は無く、ウタカタは一歩も動いてはいなかった。当然火などついてはいない。
「はぁー。何で僕の優雅な食後の時間っていつも邪魔されちゃうのかなァ。君が悪いんだからね、しばらくそうしてるといいよ」
ウタカタは相手の目を見ることで幻を見せる能力を持っていたのだった。視覚だけではなく五感全てに働きかけるその幻術はかの獣人にあたかも「炎に身が包まれている」ような体験をさせたのだ。
ウタカタがその能力に目覚めたのは9年前のある日のこと。飢えのあまり自分に襲いかかってきた父に無意識で幻術をかけたのだった。初めて同族の味を知ったのもその時だ。ウタカタは過去に思いを馳せた。
きっと「思い出補正」と呼ばれるものなのだろうが、あの時味わった肉はこれまでで最高だったように彼には思えた。
父の肉の風味と食感をありありと思い出す。食事を済ませたばかりだというのにまた唾液が溢れ出してしまった。
せっかく思い出にうっとりしていたのだが、獣人の悲鳴が耳に入り、現実に引き戻された。騒がしいなら殺せばいいだけなのだが、ウタカタは捕食以外の目的で殺しを行うことはほとんど無かった。
彼は苦しむ相手を見ることに愉悦を感じるものの、決して殺人狂では無いのだ。――少なくとも彼自身はそう思っていた。
ここにはもう用はないのでさっさと去ることにした。次に行くあてがある訳では無いが、元より何か目的があって生きているわけではなかった。適当に飛んで、腹が減ったら竜を探せばいいだろう。そう思い翼を振り上げ、飛び立った。
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