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突然声をかけられて、俺はかなり驚いた。
いまどき、『兄者』と口にする者は一人しかいない。
言わずともわかるだろうが、もちろん俺の妹だ。
俺は女性に軽く頭を下げ、妹のほうに向き直り、そのまま学習室の方へ連れて行った。
「ねぇ、さっきのヒト、誰?」
なんだか妹が怖い。
「知らない人。カバン落とさせちゃったから、一緒に中身拾ってただけ。それより、こんなところで兄者なんて呼ぶなって、いつも言ってるでしょ。」
「えーいいじゃん。こんなところでしか会えないんだからさ。」
人がいないところでは『兄者』と呼ぶのを許可してるけど、人前では呼ばせないようにしてる。
だって恥ずかしいじゃないか。
けど、最近妹はこんな公共の場でも『兄者』と呼んでいる。
本当恥ずかしいからやめてほしい。
「そんなことより勉強教えて。私、兄者と一緒の大学行くから。」
「無理しなくていいよ。ていうか、自分のなりたり仕事になったところ狙いなよ。」
「なりたい仕事は大学に行ってから決めるの。」
そんなことを言いながら、妹は俺と同じところに入ろうといつも頑張っている。
それが嬉しいと感じてしまうのは、兄の性分だ。
しばらく勉強を教えてから、俺たちは学習室を出た。
カウンターの前を通ったとき、七夕のイベントなのか、笹が立ててあった。
横に置いてある短冊に自由に願い事を書いて、飾っていいらしい。
「あ、私も書く!」
イベントが好きな妹はすぐに食いついた。
妹を待っている間、俺は飾ってある短冊を読むことにした。
将来の夢、合格祈願、それぞれに色々な願いが書かれている。
その中に、ある一枚の短冊を見つけた。
『いつか、綺麗な花火が見れますように。 いろは』
さっきの女性の短冊だろう。
でも、なんで花火なんて……。
「兄者ー行こー。」
短冊を書き終えたらしい妹が、俺を呼ぶ。
「なんて願い事したの?」
「んっとねー、『兄者が一人暮らしをやめて、こっちに戻ってきますように』」
それは無理なお願いだ。
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