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何気なく、海から森のほうに視線を移すと、誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。すでにかなり暗闇に目が慣れて来たせいか、真っ黒な人影がだんだんとこちらに近づいてくるのが見えた。こんな夜中に、俺のほかにもあの暗い森を抜けてきたやつがいるのか。釣り人だろうか。だが、釣り道具は持っていないようだ。こんなところに、釣具も持たずに、何の用だろうと考えると俺は、緊張で体が強張った。
近づいてくるにつれて、それが男だということがわかり、余計に警戒した。思わず、俺は撒き餌をするためのスコップを強く握り締めて、いざという時のために備えた。
「釣れますか?」
その男は近づいてくると、そう声をかけてきた。俺は拍子抜けした。
「ああ、ぜんぜん。さっぱりですわ。」
緊張を解いた俺は、握り締めたスコップで撒き餌をするフリをした。それっきり男は黙って俺の隣に座りこんでしまった。気まずくなった俺は、自分からその男に話しかけた。
「この近所の方ですか?」
俺が問いかけると、その男は小さく、ええと答えてまた黙り込んだ。いったい何なんだよ、この男。用が無いのならどこかへ行ってくれればいいのに。
「俺、今日ここに始めて釣りに来るんです。このあたりは、何が釣れますかね。」
間が持たないので、俺はまた自分から話しかけた。
「さあ?でも、噂では、このへんは大物が釣れるらしいですよ。」
初めてまともに会話が続いた。
「そうでしょうね。俺、昼間ここに来た時に、大物の影を見たので、今日こうしてここに釣りに来たんですよ。」
足元に置いた懐中電灯で、ぼんやりとしか確認できないが、細面でたぶん20代くらいの男だろう。
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