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「それなら煙草は止めた方がいいかもね。そしてカルシウムと鉄分を取るべきだ」
おもわずそう漏らすと、男は嬉しそうにそんなことを言う。
……なるほど、私は撒き餌に釣られた小魚というわけだ。
「それ、迷信らしいわよ。だから、煙草止めても牛乳飲んでもプルーン食べても私は何も変わらない。強いて言うなら、ベランダに出る数は減るかしら」
つらつらと一息に答えると、男はニヤリと笑って私の言葉をキッパリと否定した。
「いやぁ、君はそれらに何ら左右されず、この場所にいるよ。俺と一緒に」
ようやく両腕から解放されたかと思うと、男はまたつまらないことを自信たっぷりに言い放つ。
「ずいぶん自信があるようね」
男が私の隣に並ぶ。
ちらっと盗み見ると、今度は愉快そうに笑っている彼と目が合った。
「君はずっと、海に憧れているからね」
海から吹きつける風が心地良い。
この男のせいで、いつの間にか寒さを忘れていたのだ。
「それから、空にも」
「……あんたに」
「ん? 俺がどうしたって?」
こんな状態では、何を言っても笑い種だ。
そんなのはわかりきっているというのに、私は、言わずにはいられなかった。
「……あんたに、私のなにがわかんのよ」
「ふふっ……」
案の定、分かりやすく男は笑った。
そしてきっとこの後、私を縛り付ける言葉を口にするのだ。
「君は、飛び方も泳ぎ方も、知らないから」
「…………うっさい、もう寝る」
「……おやすみ」
言うなり私は、男をそのままベランダに置いて部屋に戻った。
去り際の言葉は無視だ。
ピシャリと大袈裟に引き戸を閉めて、頭から布団を被る。
自分の心臓の音がやけに大きくて、煩わしい。
全部、あの男のせいだ。全部。
だってどうしようもない。そうするしかなかったのだ。
私が欲しいものは全部、貴方が持っているのだから。
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