豪雨の中で

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 私の町には、奇妙な本屋が一軒ある。  駅のすぐ近くにある、寂れた商店街の片隅に存在する、小さな本屋だ。  朝、その店の前を通っても、昼、他のお店が開店し始めても、夜、周囲が店仕舞いをしていても、その本屋は頑なに開店しようとしない。  一時は、本当は閉店しているのではないかと疑っていたが、周囲の人が言うに「それはない」らしい。ならば何故、あの本屋はずっと閉まっているのだろうか。  その疑問が拭い去られたのは、つい先日のことであった。  今年稀に見る豪雨が私の町を襲い、行くのも帰るのも大変な日。運悪く愛用の傘が風雨にあおられ役目を放棄していた時だ。  その日、寂れた商店街はシャッター街と化し、人っ子一人いやしない。まるで別世界に来たような雰囲気を醸し出しているその中で、一つだけ、ポツンと空いている店があったのだ。  これ幸いにと、雨がマシになるまで雨宿りさせてもらおうと急ぎ足で私はその店に向かった。その店は、レトロな外観の店で、扉は木製、壁は煉瓦、心もとない裸電球が、淡く照らしていた。扉には「開店中」と刻まれたプレートがぶら下がっており、ときたま風にあおられひっくり返っている。 「ははぁ、こりゃあ何かのカフェだな」  確信した。こんな外観なのだ。それはきっと洒落たカフェなのだろう。  そう決めた私は、意気揚々と扉を開けた。 「……は?」  間抜けな声を上げたこと、笑わないでほしい。そう、ただ目の前に天井までびっしりを積まれた本が目の前に現れたのだから、こんな声が出てしまったのだ。  つい先ほど確信した、「洒落たカフェ」という幻想が音を立てて崩れていく。  カフェの要素は一切無く、あるのは本の山、本の山、更におまけで本の山だ。 「何だ、ここ」  茫然と本の山を眺めていると、その奥から、誰かがひょっこりと顔を覗かせた。 「……いらっしゃい?」  眼鏡をかけた初老の男性が、不思議そうな顔で、しかも疑問符をつけて、歓迎のあいさつをした。
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