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「奥まで歩かせて申し訳ないなぁ。歩きづらいでしょう、この店。ごちゃごちゃいっぱい本があるし」
「ここ、お店なんですか?」
「そうだよぉ。ここは、酷い雨の日だけ営業する本屋。周りの人からは『雨降り書店』なんて呼ばれてるんだぁ」
まぁ、雨降りというより、雨だれって言った方がいいかもね、と塩野目さんはカラカラ笑った。そして、今まで進めていた歩を止めると、くるりとこちらを向いた。
「君は、どうしてここに?」
ガラス玉みたいな目だった。
「雨宿りできればと、思って」
「素直でいいねぇ。思う存分雨宿りしていけばいいよ。ここはそういった店だから」
雨宿りできる本屋、ということなのだろうか。
しかし、この大量の本から考えて、雨宿りを目的とした店じゃないな、と思った。何故なら、この店に存在するのは本棚と、本棚から溢れ出た大量の本と、積み重なった本、あと整理しきれていない本の山だ。四方八方どこを見ても本、本、本。活字中毒者ならば天国みたいな場所だろう。…私は湿気た古い紙の臭いが充満して、あまり好きではないが。
「あ、」
「どうかしたのかい?」
不意に目を向けた大量の蔵書の中から、見覚えのある黒い背表紙が二つ、並んで見えた。白い題字で「封じられた街」とそれぞれ書かれていた。
「これ…」
「沢村鐵(てつ)さんの本だね。気になるの?」
「いえ、小学校の頃、読んだことがあって」
「それはいい、もう一回読んでみてごらん。雨の日の心が軽くなるはずだ」
塩野目さんは、本を取り、渡してくる。青緑の、薄暗い街並みを背景に、無表情の少女と少年がこちらを見ている表紙と、セピア色を背景に、セーラー服の少女がこちらを見つめている表紙だ。たいした傷や汚れがない、新品だ。
いつの間にか塩野目さんはいなくなっている。
下げていた鞄を、本を下敷きにしないよう避けてから、床に置き、さらに自分が座れるスペースを確保する。あまり読むスピードは速くないのだ。
そして私は、薄い文庫小説の表紙を捲った。
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