起 私は本屋さん

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私はここ小さな田中書店を任されている田中良江(たなかよしえ)。死んだ祖母からこの古びた店を受け継いだ。 古びたと感じるものの、この雰囲気は嫌いじゃない。子供の頃から祖母の本屋に通っていたこともあり、この本屋には思い入れがある。 ただひとつ普通の本屋と違うところ。それは本が無いというところだ。 正確に言うと確かに本は置いてあるが、お客さんに売れる本が無い。それは本が古いからとか、本の状態が悪いからとかそういった問題ではなく、本そのものが誰かに売れるようなものではないと感じているからである。 よく分からないだろうが、興味本意でやって来たお客さんも同じ反応をして帰っていったことがある。 ただ、ここに置いてある本は他のどこにも置いていない。謂わば非売品のようなものだ。 また、全ての本の特徴は、作品名が人の名前になっているところだ。 不気味がる人も多く、またそのような人も首を傾げて店を出ていってしまう。 珍しく目の前にいる男性のお客さんは棚に並ぶ本の背表紙を不思議そうに眺めながらこの本屋に長居していた。 そろそろその男性に、この本屋のシステムを教えなければ。 男性は痺れを切らしたのか、ようやく私の方へやって来て、口籠りながらも質問をしてきた。 「ここは、どういった本屋なのですか?全く見当がつきません。」 私はその言葉を聞いて安心した。ようやく仕事ができる。 私はデスクの引き出しから、早速紙とペンを用意した。
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