起 私は本屋さん

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表情豊かな男性の瞳には今、不安と好奇心にかられていることが率直に表れていた。 「ここに置いてある本の全ては、私自身も含めた田中家の者が著者になっているここにしか置いていない唯一の本です。だから売ることは絶対に出来ないのです。」 この説明だけでは納得いかないだろう。毎回この辺りで帰っていく人も少なくない。ただ男性は未だ好奇心の方が勝るようで、説明を心待ちにしていた。 「ただ置いてない本なら別です。今からそれを作るかどうか、お客様であるあなたに決めて頂きたいのです。」 突然の決定事項に驚く男性だった。まだ状況は呑み込めていないようだ。上擦った返事が返ってくる。 「どういうことですか?つまり俺があなたと協同で本を制作すると、そう言いたい訳ですかね?説明が遠回し過ぎて伝わりませんよ。」 私は書き物を営んでいることを盾に軽い謝罪をしたあと、再び説明を続けた。男性の指摘もあり、ようやく本題に入った。 「ここにある本、ご覧になられましたか?これら全て、それぞれのお客様の人生の一部を書き記した貴重なものなのです。お客様の過去のお話をお伺いしたり、少しの間だけ付き添わせていただき、私の視点から一つの本を完成させていく。そうしてようやくお客様に提供させていただける本が仕上がるのです。それを買い取り自身で保管するか、ここの本屋に残すかはその時の自由です。」 男性は説明を理解したのか、それとも関心したのかは定かではないが、頷きながら返答をした。 「えーっと、それじゃあお金はいつ払えばいいのかな。折角だし、やってみようかな。」 私はそれを聞くと、先ほど取り出した紙を男性の方へ向けた。
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