起 私は本屋さん

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「ありがとうございます。でも、お支払は買い取る場合のみ、その時に払って頂ければ大丈夫です。大抵のお客様は、この本屋に完成した本を残していきますから。」 男性は大袈裟に理解したアピールをして、またもや好奇心から次の私の説明を楽しみにしている。今までの遠回しな説明が嘘のようなくらい早速次のステップへ移った。 「それではここにお名前の方よろしいでしょうか。この用紙のどこでも構いません。これが表紙になりますよ。」 男性は私の顔を確認しながら、ペンを手に取り署名した。よほど心配だったのか、書き終わる頃になって顔を上げて質問をしてきた。 「後からお金とか請求されませんよね?」 男性の署名が終わると同時に、私は用紙とペンを回収する。この行為はまるで男性の不安を煽るようだったが、面白かったので続けた。 「分かりません。私の気分次第です。ここは私の店なのでね。」 男性は呆気とられた表情を浮かべ、どうしようかと戸惑った。私はその様子を見てすぐに訂正する。 「冗談ですよ。お互いに話しやすくなるように距離を縮めようかなと。」 男性はホッとした表情を浮かべ、今度は照れくさそうに言葉を返してきた。 「冗談が下手ですよ。危うく警察に通報しようと考えてましたよ。」 私はその言葉を聞き笑うと、男性は手に持っている携帯を見せてきた。その携帯には110の数字がくっきりと浮かんでいた。どうやら本当に通報する寸前だったようだ。私は焦って男性の携帯を取り上げてしまった。 「何してるんですか!冗談ですよ冗談!」 男性は諭すように右手を顔の前に出してきた。立場が逆転したかのように、私は煽られた。 「まあまあ、落ち着いて。通報未遂ですから。それと、俺の名前は中島凌ですよ。お客様の名前ぐらい覚えてください。」 私は署名してもらった用紙に視線を落とす。そこには凛とした文字で、中島凌(なかじましのぐ)と書かれていた。 「中島さんでしたか。これは悪いことをしましたね。携帯お返ししますよ。」 改まって中島さんの名前を呼び、取り上げてしまった携帯を返した。 「それでは短い間、よろしくお願いします。」 中島さんもかしこまって、挨拶をしてきた。こうやって一つの本の物語が始まったのだ。
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