昼海のビー玉

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するとコンは声をぱっと明るくして嬉しそうに「本当に?それなら来年もここに来られるように頑張るよ。」と言ったあと、おれの右手を握る手に少し力を加えて、真剣な声でさらに言葉を続けた。 「あとね冗談でも世辞でもなくて、ほんとに俺が出会えてよかったと思うんだよ。あおいは、俺にとってそう思わせる程の人間だよ。」 今度は、上手く顔を逸らせず正面から視線を合わせて言われた。 この時初めて見えたコンの瞳は真っ黒で、でも月星の光を映しそれこそ夜の海のようで、吸い込まれるような感覚を覚えた。 やっぱり恥ずかしい、でもこれ以上謙遜するのはコンに申し訳ないと思い、そうなるとおれは何も言えずにただ面の奥と視線を合わせ続ける。 コンの真剣な瞳はそう長く続かず、すぐにその目は月の形に、声は崩れて左手を少し上げながらこう言った。 「この子も、すくってくれてありがとう。大切にする。」 その声にやっとコンの吸い込まれそうな瞳から解放された気がして、肺は一気に空気を取り込んだ。 無意識的な瞼を閉じる回数の多さに、今まで自分がまばたきすらしていなかったことに気付く。 「あ、いや大したことじゃ無いけど、でも大事にしてやってよ。来年、どんだけ成長したか写真でも見せてくれ。あぁ、、、写真が撮れたらな。」 そう言いながら、おれもコンの手を握る右手に力を込めた。 「きっと見せる。来年、約束だよ。」と言うコンの声は少し寂しそうで思わず言ってしまった。 「約束な。楽しみにしてる。」 こんな輪郭の曖昧な約束を。 どちらからともなく離した手を、そのまま顔のあたりまで持ってきて体の向きを変える。 「それじゃ、また来年。」 「うん、また来年に。」 祭りの提灯はもう半分以上外されている。 もう1度、振り返ってしまいたくならないようにおれはコンに背を向けきってからはただ足を止めないことに集中した。 背後から足音が聞こえない。 コンはきっとまだ歩き出していない。 そう思うと1度だけでも、振り返りたくなったけれどそうしたらきっと戻りたくなってしまう。 砂浜が終わり、コンクリートの道に差しかかったところでようやく後ろを振り返ってみた。 祭りで賑わっていた場所は、殆どの屋台が片付け終盤、灯っている提灯もあとわずかというほどだった。 少し離れた、黒岩のところにコンの姿はもうない。
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