0人が本棚に入れています
本棚に追加
「どうして、海は青いのかな……」
つまらないように言うつもりだったのに、ちょっと声が震えてしまった。
目の前に広がる海が、別の色だったらよかった。赤でも黄色でもなんでもいい。とにかく青でさえなければ、こんな嫌な思いをしなくても済むのだ。
他の多くの子たちは黒い瞳をしているけれど、私の瞳の色は、海を連想させる。
――あいつ、海みたいな目の色のくせに、全然泳げねーのな
――ほんと、残念なやつ
瞳の色と、泳げるかどうかなんて全然関係ない。でも、悪口とはそういうものだ。なんでもいいから理由を付けて、相手を攻撃する。
「本当に、海は青いと思う?」
隣に立つ男の子が、そう聞いてくる。転校してきたばかりで、きっと彼は私がいじめられていることをよく知らない。だからこうして、彼は今、私と一緒にいるのだろう。女の子が泣きそうだから。ただそれだけの理由で隣に立ってくれている。
「なら、その青い海を持って来て」
彼はバッグの中からペットボトルを取り出すと、中身を全部砂浜に捨てる。ラベルも外して、ただの透明な容器になったそれを、私に渡してきた。
「ここに、青い海を入れて持って来て」
彼は何が言いたいのだろう。よく分からない。けれど、差し出されたペットボトルは受け取ってしまった。仕方なく、私は波が打ち寄せるところまで砂浜を進んだ。そして、靴が少し濡れてしまうのも気にせず、波をペットボトルですくう。
「その色が、青に見える?」
すぐ後ろから、彼の声が聞こえる。
ペットボトルの中にあるのは、ただの無色透明な水だった。
何も答えない私に、彼は言う。
「海は無色透明だよ。青いなんて、大嘘だ。光の散乱で、そう見えてるだけ。海が青いなんて言うやつは、本質を見ずに、上辺だけを見て物を言ってる。そんなやつらの言うことを、気にする必要はないんじゃないかな」
そんなのは屁理屈だ。誰だって海の色を聞かれれば、青だと答える。
「君の瞳の色は青い。海の無色透明なんていうのとは全然違う、とても綺麗な青い色をしてる」
なぜだか、私はボロボロと涙をこぼしていた。背中から聞こえる言葉に、胸の奥がスッとして。
そうか、悪口に理由がないように、きっと人を助ける言葉にも理由なんていらないのだ。
ただ助けたいと思って紡がれた言葉があれば。
それだけで、私の心は救われる。
最初のコメントを投稿しよう!