8人が本棚に入れています
本棚に追加
残すと決めてある服は、そうでない服の十分の一にも満たない。
「いつか着るかもと思てたけど、結局一回も着んままやった。多分これからも着ぃへんし、そんなもんは処分する……」
そう言いながら、着物の仕分けをするために手を伸ばしはじめると、その手が止まった。
淡い藤色の訪問着が包み紙から色を覗かせている。
「これは、じいさんが結婚した後、しばらくして、買うてくれたもんや……」
丁寧に着物を取り出し、着物を見ているその目は、何かを思い出しているようだった。
何十年も前の着物なのに、色味は鮮やかさを残している。
「綺麗な着物だね」
「これは一度だけ着たんやけど、もったいなくて、それきり着ぃへんかったな……」
ゆっくりと藤色の生地を何度もさすりながら、噛みしめるかのように呟くのを、僕は聞いていた。
最初のコメントを投稿しよう!