[佳乃編]歪んだ月

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…… 「死んでるの?」 「ああ、死んでるみたいだ」 「でも、なんだか笑ってるみたい」 「たぶん幸せなんだよ」 「どうして?」 「大好きな奥さんの元に逝けるから」 「そっかあ」 「きっとそうだよ」 …今でもあの光景は忘れない。 古びた洋館のアトリエの中央で 先生は『くの字』になって倒れていて。 私と和真はその傍で立ち尽くし、 お互いの手を汗ばむくらいに 強く握り合っていた。 ことの始まりは絵画教室だった。 何か習い事をさせたい母の意思を尊重し、 いろいろ通ってみたが、 結局続けられたのはコレだけで。 たぶん、先生が気長で優しかったから。 私から見ると『変わり者』の先生は、 自由がモットーの指導法らしく。 1時間の大半を犬と遊ぶ私を叱りもせず、 その教室はいつでも笑いが絶えなかった。 しかし、幸せな時間は続かない。 ドライブ中に 居眠り運転のトラックに突っ込まれ、 先生の奥さんは即死。 先生も右半身が麻痺し、 絵画教室は閉鎖することに。 それでも先生に会いたかった私は、 先生の飼い犬を散歩させるという口実で、 足繁く通い続ける。
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