[佳乃編]歪んだ月

2/7
前へ
/20ページ
次へ
…… 「死んでるの?」 「ああ、死んでるみたいだ」 「でも、なんだか笑ってるみたい」 「たぶん幸せなんだよ」 「どうして?」 「大好きな奥さんの元に逝けるから」 「そっかあ」 「きっとそうだよ」 …今でもあの光景は忘れない。 古びた洋館のアトリエの中央で 先生は『くの字』になって倒れていて。 私と和真はその傍で立ち尽くし、 お互いの手を汗ばむくらいに 強く握り合っていた。 ことの始まりは絵画教室だった。 何か習い事をさせたい母の意思を尊重し、 いろいろ通ってみたが、 結局続けられたのはコレだけで。 たぶん、先生が気長で優しかったから。 私から見ると『変わり者』の先生は、 自由がモットーの指導法らしく。 1時間の大半を犬と遊ぶ私を叱りもせず、 その教室はいつでも笑いが絶えなかった。 しかし、幸せな時間は続かない。 ドライブ中に 居眠り運転のトラックに突っ込まれ、 先生の奥さんは即死。 先生も右半身が麻痺し、 絵画教室は閉鎖することに。 それでも先生に会いたかった私は、 先生の飼い犬を散歩させるという口実で、 足繁く通い続ける。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

351人が本棚に入れています
本棚に追加