紫陽花と水たまりと数え唄

10/19
前へ
/19ページ
次へ
 〈渡り〉は、里同士の交流を深め、山の幸海の幸を送り合い、そして──番う相手を、伴侶を探すために脈々と続けられてきた。  その歳から翼を操れるようになった若者の、最初の空の長旅とも言える行事だ。  ここでシュウに話を戻すが、つまり今回を逃すと来年の冬まで海の里に行く機会が無くなる。  イヨにも会ってみたい。  それも、冬に会いにきてもらうよりは、会いに行きたい。  それはシュウの負けん気から来た、ちょっとした意地だ。  風で流れた雨が、戸口にあたって音を立てる。隙間から入り込んできた風に蝋燭の明かりが頼りなく揺れた。  父がじっとシュウを見つめて言う。 「いつ雨が止むか分からんから、いつでも始められるようにしとけよ」 「うん」  と言われても、飛ぶ訓練の内容は、訓練が始まるまで一切教えられない。準備しようにも、シュウに出来るのは、ひとつ大人に近づく覚悟を決めることだけだ。  「足とかに怪我するなよ。裸足はいかんぞ」  「なんで足はだめなん?」  「お父さん」  首を傾げたシュウに、母が諌めるように声を上げた。  「っあぁ、言うてしもうたな……」  父が決まり悪そうに頭をかく。  「……まぁ、それくらいなら構わないかもしれませんけど」  「そ、そうだな」     
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加