紫陽花と水たまりと数え唄

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 かめむしは臭いから、臭いがつく前に弾いて飛ばす。いなごは大きさを吟味して、夕餉のおかずに持って帰ることにした。小さいモノは、悪いと思うが頭を抜いて水に浮かべておく。  「一枚生えて蕗の薹 ニ枚並べば畦の担保簿────」  一本稲を見るごとに、シュウの口が小さく数え唄を口ずさむ。  この里に昔から伝わる唄。  生え揃ってゆく風切羽を、春から夏への花と合わせて数え唄う。  「──三枚集まれば鳴る鈴蘭 四枚重なり藤の花  五枚縁ってゆめゆめ忘るな都忘れ 六枚寄せたら危ぶめ菖蒲、」  五枚目から命令口調の言葉が入るため、どうやら、飛ぶための心づもりの意味も含まれているらしい。もっとも、飛ぶことを教えてもらえるまでその真意は分からないのだが。  「──七枚揺らして夢見よ芍薬 八枚濡らして待てよ紫陽花   九枚光らせ浮かべよ合歓木 十枚揃へば匂へよ山梔子」  この唄、少し考えると、夏に〈渡り〉をする男の視点の唄であることが分かる。  花をまだ見ぬ伴侶に重ねて唄っているのだ。  冬の唄はなく、女視点の唄もない。  不思議に思ったシュウが父に聞いてみたところ、  『作った奴が女好きじゃったんやろ』 と、返ってきた。そのせいで、シュウは女の前で歌うのがすっかり恥ずかしくなってしまった。  (だって欲丸出しやん……)  意味を知っている女たちからは、時たま生温い視線を向けられることもある。     
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