紫陽花と水たまりと数え唄

14/19
前へ
/19ページ
次へ
 それでも、この唄が嫌いなわけではない。  「──四十九の羽たちよ 風打ち鳴らし合わせて逢わせよ彼の地のものと」  〈四十九〉は、すべて生え揃った風切羽の枚数で、“たくさん”という意味。  風切羽が生え揃ったら、翼で風を打ち、その人の元へ飛んでゆくことが出来る。そういう詞だ。  シュウには、誰かに恋をするという、身を焦がすような気持ちは分からない。  だからまだ、唄の本当の意味を理解することは出来ないのだが。  少しのクサさ、空と、誰かに焦がれる想いを、花に寄せて唄ったこの唄がシュウは好きだ。  人がいないのをいいことに、数え唄を唄い唄い、ようやっと最後の田んぼまで進んだ。  昼はとうに過ぎている。小腹は空くたびに、道端のびわで満たした。どうせ帰れば母が何か作って待っている。  ふと、雨を拭うために立ち止まると、耳元で蚊の羽音がした。すかさず半眼になったシュウの右手がひらめく。  ぱちん! と、シュウの頬で高い音が響いた。  ゆっくり手を見やると、赤い色が見える。シュウは顔を曇らせた。  「まけた……」  既に蚊に血を吸われた後だったらしい。  「まぁ敵はとったし」     
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加