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頬を撫でる潮風も、太陽を反射する波も、抱えるほど大きな魚も、シュウにはいまだ未知のものだ。
里に強い風は吹かない。沢は流れが急すぎて、入る者はいない。入れば確実に流される。釣れる魚は精々石斑魚くらい。
海の里では皆〈泳ぐ〉ことが出来るそうだ。なんでも、山は飛ばなければ越えられないらしいが、〈泳ぐ〉ことさえ出来れば〈海〉に出て食べ物を得られるからだとか。
思わず、目の前の青に問いかけていた。
「〈海〉も、お前みたいに青いんかな?」
問われた青い紫陽花は、静かに雨を受け止める。
はぁっ、と。
シュウは熱っぽいため息をついた。
青い青い、〈海〉に焦がれる。
〈海〉に行くための、蒼い空に焦がれる。
どちらも知らないシュウにとって、青い蒼い二つは同じだ。何度も心でなぞり、焦がれる──それはまるで恋のよう。
騒ぐ〈潮騒〉、甘い〈椰子〉の実、そして〈イヨ〉。
想像するために、いつの間にか目を閉じたシュウの心が〈知らない〉言葉でいっぱいになってゆく。
ふと、閉じた眼裏が明るくなった。目を開ければ、白い霧の隙間から太陽の光が漏れてきていた。
気付かぬうちに雨は止んでいたらしい。細い蜘蛛の糸のような雨の線は見えなかった。
ざぁっと吹いた風が霧を割ってゆく。
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