紫陽花と水たまりと数え唄

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 ちょっと田んぼの様子を見に来ただけが、随分と濡れてしまった。いっそ濡れるのを覚悟で、何も背負わずに来たほうが良かったのかもしれない。  一番谷底の田んぼまで見終わった。仕事は終わりだ。  「……帰るか」  雨に揺れる青々とした稲を一撫でして、家へ足を向ける。これでもかとゆかるんだ畦道。わざと裸足で出てきた足元も、もう泥々だ。  (これは帰ったら風呂に入らんとな……)  裸足で出てきたことが母にバレれば、危ないと叱られる。どうすれば母にばれずに風呂にたどり着けるか、シュウは頭を捻った。  畦の蛙がぽちゃんと田んぼに飛び込む。  濡れてもへっちゃらな蛙たちが、少しばかり羨ましく思えた。  ここしばらく、梅雨のおかげでシュウの村は大雨に見舞われている。珍しく強く降る雨だ。稲作をしている者が半数を占める村では、水位の調節に大わらわになった。  反対に、山向こうで果樹を育てている者たちは、心配げにその方向を見やりながら、家でじっとしている。  当然だ。  雨が降っていては、飛んで様子を見に行くことさえ出来ないのだから。 ***  シュウの住む里は、高い山の麓の窪んだ盆地にある。里のどこから見上げても、周りは山、山、山。しかも脚では登れない程険しい山だ。     
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