紫陽花と水たまりと数え唄

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 どうしてご先祖様はこんな不便な所に里を、と不思議に思うが、どうやら雨の少ないこの辺りで、安定して水を得られる且つ住める場所がここしか無かったらしい。  そして大きな理由がもう一つ。  自分たちに、空を飛ぶ術があったから。  シュウたちの背中には、自由に出し入れ出来る翼がある。初めから飛べるわけではないが、生まれつき生えていて、年を取るごとに力強く、羽が生え揃ってゆき、時期が来てからそれなりの修錬を積むと飛べるようになる。  『登れないなら飛べばいい、これで万事解決だろう』    そんなことを昔の人は仰ったらしい。なんともさっぱりした考えの方々だと思う。  そんなわけで、シュウたちは今でも谷間の里に住んでいる。  水を得られる里の周りでは、段々畑で米や野菜を作り、空を飛んで山を越えたところでは果物を作る。そして、たまに周りの山々に獣を狩りにゆくのだ。  山間の沢の近くという地形のせいで、気紛れな鉄砲水に遭う以外、里の暮らしは安定していた。 ***  「……ただいまぁ」  「おかえり! どうしたのこそこそして」  「別に、しとらん」  帰ってきたシュウが煮炊きの煙の匂いがする家に裏口からおそるおそる入ると、目敏く気付いた母が土間からひょっこり顔を出した。  足に付いていた泥は落としてあるが、まだ濡れたままだ。このままなら雨で濡れたですませられるが……。     
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