紫陽花と水たまりと数え唄

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 母の言うとおりに料理を運び、夕餉の支度をし終えると、ちょうど父が風呂から上がってくる。  三人が食卓に揃うと、母が蝋燭を台の真ん中に灯す。暗かった家の中に、柔らかな明かりが灯った。  「それじゃあ頂くか」    父の一言のあと、三人で手を合わせる。シュウの家の毎食の決まり事だ。  「いただきます!」が終わると、シュウは真っ先に猪の肉に箸を伸ばした。  秋頃にしか狩れない猪――や他の獣肉――は、何かあった時でないと食卓に上らない。普段は谷底を流れる沢の魚を食べる。  大雨のせいで沢が増水して魚がしばらく獲れない──こんな時でないと食べられないご馳走なのだ。  「野菜も食べなさいよ!」という母の声に生返事を返しつつかぶりつく。甘辛い味噌で蒸された肉の旨みが、じゅわっと口の中に広がった。思わず顔がほころぶ。  「これうまい!」  「……そお?」  母がまんざらでもなさそうな顔をする。  その間に、シュウは炊きたての米に猪肉をのせてかきこんでいた。つやつやとした米に味噌が合う。  「こら、野菜」  「……、はーい」  口に詰め込んでいる時に言われると頷くしかない。シュウは不満気に唇を尖らせる。  父が、その横で美味そうに酒を煽った。    「お父さん、沢の方どうだったの?」     
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