紫陽花と水たまりと数え唄

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 「大元の水路は問題なかった。あとはこっちが調節するだけで大丈夫やろう」  「そっか、なら良かったわね」  腹がくちくなってくるとお喋りに空気が移ってゆく。  増水した沢の水を心配していたが、一先ず安心のようだ。危ないようなら沢から水路を外し、ひどい時は谷の底近くの田んぼを諦めなければならなくなる。  シュウはほっと息をついた。  「……なぁ父さん、今日も手紙来てないん?」  「来てない。この雨やしなぁ、晴れたら来そうやが」  「そっか……」  期待して聞いたシュウは肩を落とした。  シュウが毎日のように楽しみにしていることの一つ。それは遠方から鳩が運んでくる手紙だ。  相手は同い年の女の子。名をイヨという。もう数え切れないほど言葉を交わした。  物心ついた頃から続いている文通だが、実は、シュウはまだイヨに会ったことが無い。  シュウもイヨも、まだ空を飛べないからだ。  シュウの里も、イヨの里も、空を飛ばなければ里から出られない。  「シュウ、羽はもう生え揃っとるな?」  「うん、揃ってる。まだ練習、始まらんの?」  「雨が止んだら、かのぉ。今年間に合うか不安になってきたわ」  困った顔をした父に、シュウも不安げな顔をした。     
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