海無県

2/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
海という存在を知ったのは、先日の出来事、私が誕生して十三年が経っての事だった。人間たちが、海の話をしているのを聞くのが楽しみで堪らない。海は青くて、光って、先見えないらしい、そんな妄想を頭の中でぐるぐるさせるのが、楽しい。 だけど、私は飼い猫だ。 海に行こうとしても、自分の力だけでは到底行けない。私のいる場所は海からは遠く、いやむしろ海無県なのそうだ。周りを見渡すと山々が連なり、秋にはそれが色彩豊かに彩り、感極まる。だが、そんな光景であっても、毎年見ていれば飽きてくるのだ。 (海が見たい) 私の声はニャーンと変換されて、人間達には届かない。 飼い主は海に行ったことはあるのだろうか、そんな事を思いもう一度、声をあげるが、今度は撫でられる。 好奇心が止まらなくて、不意に一人で海に行ってやろうかと思った事もあるが、私が外に出たところで飢え死にするだけだろう。 夏は私にとっては暑い代物だけでは無く、ある意味涼しい季節でもある。お隣さんの猫は引っ越してきた猫で東京という場所の夏は地獄と言っていたが、それに比べ、ここの夏は涼しくて心地が良いそうだ。 飼い主の夫婦が旅行の話をしているのが、聞こえてくる。 「今年はどこに行きますか」と夫。 「そうですね、海とかはどうでしょう? 懐かしいではありませんか?」と妻。 海という単語が出て来て、心が踊る。ニャーンとわざとらしく鳴く。 夫妻はこちらを向き、微笑む。もう一度、鳴いてアピールする。 「猫ちゃんも行きたがっていますよ?」と妻。 私は行きたい、海に行きたい。今度こそ、連れて行ってもらえるので無いかと、嬉しくなり。重い身体を引きずり、飼い主の傍らに行く。 私は海に連れて行ってもらえること、になった。 海とは地平線が見えず、青く、綺麗で、雲が映っていて、透明で。 海を妄想するたび、重かったはずの身体が軽くなり、まるで今にも飛んでいけそうになる。嬉しくて綻ぶ。 ここは海無県だ。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!