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ーーもし、あの地平線に触れることができたなら。それは、どれだけ嬉しいことなのだろうか。
高校一年の春のこと。親の都合で転勤した僕は、砂浜にランニングシューズの跡をつけていた。というのも、ここに来たのは"それ"を見に来たためである。
僕はうっかり"それ"を見ないよう下を向いて歩いていたが、"それ"に触れたのか足に冷たい感触が走る。
「ーーひゃ」
驚いて、肩が跳ねてしまった。心拍音が駄々漏れになって、それを落ち着かせるように急いで深呼吸をする。
ようやく楽になったころ、徐々に大きくなる"それ"の唄声が僕の鼓膜を震わせた。
今だ見たことのない"それ"が、目の前にあるーー
そう思うと我慢できなくて、僕はとうとう顔をあげた。
「わぁ……」
思わず、息を漏らしていた。
空よりも悠々たる青色。力強い波の打つ音。颯爽と髪を揺らす潮風。鰯雲の下に広がっていて、陽がオレンジ色を薄く重ねる圧倒的な大自然にーー僕は、空気を吸うことすら許されなかったのだ。
はっと、やっと我に返ったとき、僕の目は一筋の線を映していた。あれが、地平線というやつだろう。試しにそっと、手を伸ばしてみるがーー遠い。
それこそ、夜空に浮かぶ星よりも届きそうにない。
だからこそ、僕は思った。
ーーこの広大な海の果てを、この手で触れてみたいと。
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