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ネバー・クイット……ネバー
「……お前、これ本気か?」
眉間に皺を寄せる先生は、喧嘩腰でそう訊いてきた。田舎にはエアコンなんて気の利いたものはなく、夏特有のじめじめとした空気が汗を流させる。
「はい、申し訳ありませんが……今日限りで、野球部を辞めさせてもらいます。」
ーー蝉の声だけが、僕の耳に届いた。
一気に視線がこちらに集まるが、僕は黙ってポケットに手を入れ、折り畳まれた紙を抜き出す。そして先生の前で、ゆっくりと開けて見せた。
先生は溜め息をつくと、苦笑いを浮かべた。
「……はぁ、全く。そんな眼で退部届けを出すなよ」
周囲が一気にざわつく。何しろ入学してから三ヶ月弱しか経っていないし、さらに僕は野球部一年のホープだったから、それも仕方のないことだろう。
そう考えると、少し罪悪感を覚える。
「すみません。こんな突然に、こんな早く」
「ーー謝るなよ」
え? 頭の上にはてなマークを浮かべる僕に、先生は立ち上がり口を開いた。
「深いわけは訊かない……というか、訊けない。男だからな、野暮ってやつだ。だから、一つだけ言わせてほしい。」
先生はすれ違い間際に、僕の肩をポンポンと叩き呟いた。
「絶対に辞めるなよ……絶対に。」
「ーーっ!」
急いで振り返るが、先生は手をヒラヒラさせて既に扉を開けていた。何か言おうとしたが、何も思い浮かばず、結局ただ頭を下げた。
ーーありがとうございます。
この気持ちは、果たして先生に届いたのだろうか。
その問いに答えるかのように、蝉の声が聞こえた。ただ僕にはそれが、ミーンミーンとしか聞こえなくてよく分からなかった。
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