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僕は今日も一日、学校生活が始まる事に安堵した。しかし、学校に着いても心臓の鼓動はまだ落ち着かない。
それもこれも全て【アイツ】のせいだ。
思い出すだけで負の感情がこみ上げてくる。僕の意識は完全に今朝方の母の言葉に吸い寄せられていた。
「あなた、またなの?」
呆れ顔した母が溜息をつきながら続けて言った。
「薬は?ちゃんと飲んでいるの?あなた来年高校受験なんだから、一々幻聴なんかで手を煩わせないでちょうだい」
「うるせぇな!」
「何なのその態度は!心配してるんでしょ!」
「何も知らないくせに、勝手な事言ってるんじゃねぇよ!」
キレた僕は、全力疾走で家を飛び出した。家を出た瞬間に、眼前に広がる【海】から聞こえる声に耳を塞ぎながら・・・
僕は【海の声】が聞こえる体質だ。
【海の声】と言っても、会話が出来るわけではなく、一方的に向こうから話しかけてくるのだ。昼夜を問わず、内容も意味不明なものばかり。性別や国籍も関係ない。
今朝だってアメリカ人の大声で叩き起こされたわけで、イライラしていたところを母親に見られた。母は僕のこの体質に過剰に反応する。その過干渉が僕を更に苛立たせる。
波の具合や天候などによって様々な人の声が聞こえてくる。大人の笑い声、老人のうめき声、赤ちゃんの鳴き声、怠け者のあくび、クズの言い訳、根暗のぼやき、被害妄想のつぶやきなど、あげればキリがない。動物の鳴き声や機械音の時もある。
僕はずっと【アイツ】に苦しめられて来た。
両親はずっと、何か精神的な病気だろうと考えてあちこちの病院へ連れて回ったが、一向に良くなる気配はなかった。
僕は、正気だ。
何度も話しても、理解してくれることはなかった。次第に僕は、誰も頼る事や相談できる相手などいない事を悟った。
僕にとっての学校は、【アイツ】から逃げ出す為の避難所で、心の安らぐ場所だ。
高校は絶対に都内へ進学して、この街から出て行くんだ。
ーー僕以外の人々にとっての何気ない【モノ】が、僕にとっての恐怖だ。
何気ない【モノ】に恐怖しない生活を手に入れる為に、僕は毎日生きている。ーー
握り閉めたシャーペンがミシリと音を鳴らした。
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