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チリリン、と風鈴が鳴った。
夏特有の暑さの中に涼しげな音を響かせているそれは、一人の青年の動作によってさらに無垢な音を奏で始める。
そう。彼の手が何もない虚空を愛おしそうに撫でる度に__。
「 ありがとうございました。」
丁寧なお辞儀とともに先程店を後にしたお客を見送る青年の名は御浦慶。何処か浮世離れした雰囲気を持つ彼はここ『秋奏堂』の若き店主だ。
今彼がいる古い木造の店内の棚には小箱や小さな瓶が所狭しと並べられており、所々によく分からない御札が貼ってある。
さらに壁には幾つかの大きな鳥籠が吊り下がっており、傍から見ると到底お店とは思い難い謎の風貌をしている。そんな店内の天井付近では備え付けの年代を感じさせる扇風機がゆっくりと首を振っている。実はこれがこの店の唯一の冷房装置だったりするので真夏の昼間ともなるとかなり暑い。
「さて…それで何をお探しですか」
接客を終えたばかりの店主は手で自身を扇ぎながら店の奥へと声をかける。
「………なんだ、バレていたか」
暫くしてその暗がりから現れたのは、前髪をあげスーツに身を包んだ若い男だった。その手には棒状のスプーンと “高級ミルクバニラ ” と記された大きなカップが備わっている。恐らく勝手に冷蔵庫を漁って何かを食べていたのだろう。そしてそんな彼も暑いのかネクタイを緩め、胸元をくつろげている。
「また盗み食いですか」
「盗み食いではない。余り物の処理だ、処理」
畳続きのそこから降りた男は近くにあった屑籠に先程持っていたカップとスプーンを投げ入れる。そしておもむろに店主に近づくとその整った顔で優艶に微笑んだ。そのまま彼の細い腰をぐっと引き寄せると耳元で甘く囁く。
「……そろそろお前も俺が ‘’処理” してやろうか?」
「……結構です」
何の躊躇いもなくするりと離れた彼に男はやれやれと大袈裟に肩を竦めた。
「ちょっとお前の正気を貰うぐらいいだろう。日頃の俺に対する褒美だと思えば……ぬぁ!?」
男の頭に店主愛用のそろばんが落とされた。ゴツ、という音がしたかと思うと辺りに白い煙が立ち込める。
「痛いわ、何をする!」
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