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煙が晴れ、ぎゃあぎゃあと喚きながら出てきたのは丸々とした白い狸だった。それには目もくれず店主は定位置となった奥の畳に座った。
「慶、貴様…!わしの明晰な頭脳が馬鹿になったらどうしてくれる!?」
「明晰?おっさんのは狡賢いの間違いでしょうに」
「失礼なことを言うな馬鹿者め!」
べしべしと店主を叩く狸の尻尾は有り得ないことに幾つにも分かれており彼の動きに合わせてゆらゆらと揺れていた。実はおっさんと呼ばれたそれはそこそこ名のある妖であったりするのだが、その丸々とした身体と雪のように白い毛並みのおかげでどこからどうみても動く鏡餅にしか見えないのが悲しいかな現実であった。
「やっぱりおっさんって美味しそうですよね……」
そんな巨体を受け止めながら呟いた慶の一言はしっかり聞こえていたらしい。すぐさま「わしは食用ではないわ!」という抗議の声が上がった。
「正月の鏡開きにも使えそうだな…」
「だからわしは食べ物ではないっ!」
これ以上近づくと本当に生きる鏡餅にされると思ったのか、はたまたこのやり取りに飽きたのか。白い獣は床に飛び降りるとそのまま扉の前へとのしのしと移動する。
「あ、お散歩ですか?」
「……夕飯までには戻る。せいぜい美味いのを用意して待っているんだな。」
出来ればエビフライでな、と付け足してそれは器用にガラス戸を開けるとそこに出来たの隙間を通って出ていく。その際にお腹の肉が挟まったのかおぇっ、という音が聞こえてきたのはここだけの秘密である。
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