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ゆっくりと岩に近づく。
何も無いように見える。でも、
「あの!」
片手を岩につき、バランスを取りながら声をかける。
「用が、あるんですけど」
すると、
「え? なに、わたしに??」
はしゃいだ声がして、人影が湧き出る。空気から滲み出るようにして、あらわれる。
長い黒髪、大きな瞳。白い服を身にまとったその姿は確かに美人だ。
「ええ、あなたに」
「ほんとに? なんか最近みんなわたしが声かけると逃げるのに、あなたは逃げなくていいの?」
心底不思議そうな声に苦笑する。感覚的に察していた、ホンモノだけど害はないの判断はやはり当たっていたようだ。魔物はいるが、何も起きない。
仮に魔物がいて事故が起きているのならば、一海が把握していないわけがない。
「その件でお話があって」
「なぁに??」
「実は……」
と、スバル海岸に伝わる魔物の話をすると、彼女は目を丸くした。
「やだぁぁ、わたし、そんなことしないのにぃ!」
頬を膨らませる。
そうだろう、彼女はきっと逆だ。
「あなたは、守る方ですね?」
問うと彼女はにっこりと笑った。
「一応ね」
「声をかけるのは、危ない時に?」
「そう、あんまり遠くまで行く人とかね、声をかけるの」
もともと危ない方にいれば、溺れかける可能性も高まるだろう。
「なのに本当、嫌になっちゃう!」
また膨れた。随分と人間味溢れる怪異だ。おそらく、普段の沙耶よりも感情豊かだろう。それもどうかと思うけど。
「ならいいんです」
「あら、そうなの?」
「はい、万一あなたが悪いものだったら、あたしはどうにかしなければならなかった」
「……あなた、名前は?」
少し声を低くして、彼女が言う。
「大道寺沙耶です。一海の実質養子と言った方がいいかもしれませんが」
それなりに名の通った祓い屋の家系をあげると、
「なるほどねー、なっとく!」
彼女はまたにこっと笑った。
「わたし、これからもここで守り神的にやっていくつもりなんだけど。最近、人少なくて退屈してたの。よかったら、たまに遊びに来てよ」
「……タイミングが合えば」
「お願いね」
とても綺麗に彼女は笑う。
そのあと、少し話をして陽気に手を振りながら、スバル海岸の魔物改めスバル海岸の守り神は消えた。
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