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「ただいまー」
自宅に帰った沙耶が玄関を開けると、自分のものでも同居人のものでもない靴があった。綺麗に揃えられた革靴。これの持ち主は……、
「直兄来てるの?」
声をかけながら中に入ると、
「おかえり」
兄代わりの直純が来ていた。
「おかえりー、直が買って来た大福あるよー」
姉代わりで同居人の一海円が微笑む。
「先、着替えてくる」
自室に戻り部屋着に着替える。再びリビングにでてくると、
「私はどっちちでもいいけど、沙耶は行かないんじゃない?」
「だよなぁー」
何故か自分が話題に上がっていた。
「何の話?」
空いている席につくと、大福とお茶のセットを手渡される。
「ありがと」
お茶を一口。
「慎吾がね、海に行くけど沙耶も行かないかって言ってるらしいよ」
「渋谷さんが?」
確かに、直純の友人という彼とは何度か会ったことはあるが……。
「なんで?」
「人数多い方が楽しいしね」
直純が笑う。嘘だろうな、と思った。この兄はたまにとてつもなく嘘をつくのが下手な時がある。最近元気なさそうだから心配、とかなのかもしれな い。心配させているのはわかっているので、そこは素直に反省するし、優しさは受け取っておく。だからといって、
「あんまり、乗り気しないなぁ」
海で元気になれそうもないし、暑いの嫌いだし。
「ほら」
「だよねー」
二人は沙耶の返事をある程度予想していたらしい。
「人、多いところ好きじゃないし……」
「ああ、でも、近くに新しい海水浴場ができたら、行こうとしてるところ人が少ないんだって」
「そうなの? まあ、スバル海岸って昔からあるしねー。あんまり人がいるイメージないや」
「……スバル海岸?」
今日はやけに、その名前に縁がある。
「やっぱり、行く」
「え?」
「どしたの、急に」
普段だったら行くなんて絶対言わなかった。学校で噂話を聞いていたとしても、自主的に動くなんてことはしない。だけど、今回はほかならぬ清澄が 絡んでいるのだ。賢治とは疎遠になった今、たった一人学校で沙耶に話しかけてくれる人間。次にまた彼が行きたいと思ったときに、気にしなくてすむ ように確認ぐらいはしておきたい。こっそりと。
「ちょっと」
「まあ、なんでもいいか」
「そうねー、あんたがでかける気になるなんて珍しいもの」
ずいぶんなことを言って、円が笑った。
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