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男が目を開けると、一面に青い空が見えた。もしかして自分は死んだのだろうか、と一瞬思ったが、青い空に浮かぶ白い雲を見つけ、波が打ち寄せる音を聞いて、自分が浜に打ち上げられていることを知った。
「助かった……のか?」
男は上体を起こした。足の先に自身が乗っていた転覆したはずの漁船を見つけた時だった。
「気が付きましたか」
声がした方を見ると、頭上からこちらを覗く様に見つめる、若者の姿があった。
「君は……?」
「海で溺れていたんですよ。覚えていますか」
そう述べた若者は、陽光の下黒々と輝く短い髪に、真珠のようなみずみずしい輝きを放つ肌に柔らかく、どこか懐かしい微笑を浮かべていた。
「ああ。……君が助けてくれたのか?」
「ええ、危ないところでした。もう少し遅かったら取り返しのつかないところでした。間に合ってよかった」
男はそう語る若者の顔をじっと見つめた。見たところ、どこにでもいる普通の青年だった。 服装は白いシャツに黒い学生ズボンと特に変わったところはない。ただ、どこかであったことがあるような気がした。
その不思議な感覚で言葉を出せずにいると、彼は口元を緩め、促すようにこう口にした。
「僕がわかりませんか、お父さん」
男ははっとした。目の前にいる若者が、十年前、海にさらわれて行方不明になった自身の息子によく似ていることに気が付いたのだ。
なるほど、言われてみれば、彼の成長した姿はどことなく妻の面影がある。
そんなはずはない。まさか、生きていたのか?
男は驚き、動揺とともに、嬉しさで手を振るわせた。
「……彬良、なのか?」
「お父さん」
親子は抱き合って、再会を喜んだ。男は涙を流し、息子の背中にしがみつくように腕を回した。
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